4.諫早湾干拓事業と
 地域のみなさん 

 諫早湾干拓事業は昭和27年の大干拓構想からスタートしたことはよく知られていますが、その後長い期間にわたり、 漁業者を巻き込んだ長い論争が行われてきたことは忘れ去られているように思われます。 漁業者の方々も長い間反対されてきましたが、諫早大水害の悲惨の状況をみて、防災対策の必要を理解され、 陸に上がる決心をされたのです。また、諫早湾内で海として残される海域で漁をすることができる漁民の人たちも、 潮止めが早く行われ、海域が安定し、静かな海で漁業が行われるを待っています。


新倉屋敷クリーンセンター
(諫早市)
 昭和61年、関係者全て、すなわち長崎県議会、関係市町、関係市町議会及び農業団体、 地元住民の方々の力強い推進の決意により、そしてまた、それまで反対をしていた漁業者からも推進の要望を受け、着工されたのです。

 そしてようやく潮止めを目の前にしたこの4月、住民800人が参加して開かれた促進決起大会では、 実際その地区に住んでいる方々の事業に対する変わらぬそして並々ならぬ期待と決意が伝えられました。

 さて、調整池ができ、災害に対する安全性は相当高まったと言えますが、その一方で、調整池の水質については、 県としても高い関心を寄せております。締め切られ、閉鎖性水域になることから、 水質の悪化が懸念されることは当然です。諫早市を始め、流域関係町におかれては公共下水道、 農業集落排水などの事業に積極的に取り組んでおられますが、県としてもこの機会に一層協力努力してまいりたいと思います。 調整池がなくてもこうした心がけは必要なことと思いますが、流域の住民の方々におかれてもこの点に関心を持たれ、 河川の浄化に協力をしていただくようにお願いいたします。


1.干拓は諫早湾の宿命 2.諫早湾干拓事業の
 防災効果
3.諫早湾干拓事業の
 農地造成について
4.諫早湾干拓事業と
 地域のみなさん
5.最後に